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独裁者が死んだ夜に

朝(ってか昼ですが)起きてびっくりしたのが金正日のニュース。
「あ、死んだんだ」って感想よりも「あ、影武者説は嘘だったんだ」の方が先に来ました。
今年はいろんな人が亡くなったなあ、2011年は色々あったなあと次に考えて、その次は各国の情勢が今後どうなるかとか、そういうことをタラタラと考えてました。

2011年は激動の年です。
本当に。
それはメディアの報道でも頻繁に言われていることだろうと思うし、僕だけじゃなくて他の皆さんも疑いなくそう思ってらっしゃるだろうと思います。
しかし、自分たちの生活が何か大きく変わったのかというと、決してそうではないだろうと思います。
しばしば僕達はその事実に気づかないかもしれませんが、この「2011年(あるいは平成23年)は激動の年」という言葉の中には、「人間の営みはどんなに激動でありながらも、キリストの誕生以来2011年の間脈々と続いてきたものであり、これからもそうなる普遍的な存在なのだ」という希望が内包されているのではないかと思うわけです。
2011年は歴史のターニングポイントでありながらも、そうした半永久的な人間の営みの一部としてしか存在していないのです。
例えば昔は大きな出来事があれば元号を変えていたというのは少なくとも高校レベルの歴史を学んだ人なら知っているかと思います。
日本で一世一元の制が敷かれたのは明治になってからのことです。
しかし、御存知の通りそれ以降は天皇が崩御なさらない限り元号は変わりません。
もちろん内閣だって変わらないわけで、政治も変わらなければ我々の生活も、名実ともになんにも変わらないわけです。
ニュースでは大きく報じられながらもそれはどこか遠い国の出来事のように私たちは捉えてしまいがちで、僕らの日常は何も変わらないつまらないものだったりするわけなのです。
だからこそ「ここは歴史の大きな転換点になる」と頭ではわかっていてもなんとなく実感がわかず、今日も同じような毎日を過ごしているのではないかと思うわけです。
ポストモダン的な用語では「終わらない日常」とも言われています。
我々は何らかの諦念とともに生きています。
しかしそこに堕してしまって同じ毎日を続けないようにしないといけないと思う、今日この頃であります。

まあ以上、最近寝過ぎててやることやってない自分に対する戒めですがw




85年のはっぴいえんど再結成ライブとのこと。
12月の雨の日好きなんだけどな、これはなんとなく違和感。
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日記・雑談 | 2011-12-20(Tue) 00:56:40 | トラックバック:(0) | コメント:(0)
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